2章 傭兵

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―――――――† 結局あの後、キリトがいくら待っても声の主が『蝶の谷』にやって来る事はなかった。 翌日アスナから強制召集を受け、こうして今、昨日の話しをアスナの口から聞いている。 「で? 本当にユージーンの旦那は負けたのか?」 「それがね……」 再びとつとつと、アスナが続きを話し始める。 ―――――――† 「……嘘だろ」 観客の一人が言葉を零す。 他の者達も、口には出さないだけで思っている事は皆同じだった。 信じられない、と。 ALO内で伝説的な戦いはいくつかある。 例えば、旧ALO世界樹攻略を果たした際のシルフとケットシーの共同戦線。 例えば、つい先日の、アスナを含めたスリーピング・ナイツによる、二十七層攻略。 他にもいくつもあるが、それら以上に、未だプレイヤー達の心を震わせた戦いは、キリトとユージーンの戦いだった。 シルフ、ケットシーの同盟を阻もうと大軍を率いて奇襲を仕掛けたユージーン。 それをたった一人で立ち向かい、当時最強と呼ばれたユージーンを相手に激戦の末、結果的にはキリトが勝利した。 当時、旧ALOにはソードスキルの導入はされていなかった為、戦闘といえば不格好に剣を振り回すか、離れて魔法を撃ち合うようなものばかり。 回避や防御といった高等技術を使えるのは現実世界でそれなりの心得がある者か、この世界で鍛えあげた一部の者達だけだった。 そんななかでのキリトとユージーンの戦いは、縦横無尽に空を駆け、剣を翻し、死力を尽くし魂をぶつけ合う。 ハイレベル……いや、プレイヤー達にとって理想の姿だった。 いつかあんなふうに戦ってみたいと、全力を尽くしてみたいと。 だからあの瞬間、サラマンダーもシルフもケットシーもない、種族を越えて皆が歓声をあげたのだ。 ――――しかし、そのユージーンが押されている。 「はぁ……はぁ……」 ユージーンのライフはまだ辛うじてブルー表示ではあるものの、あと数ドットでも削れれば半分を下回った事を意味するイエロー表示になるだろう。 対して、隻眼のメイサーのライフはまだ僅かにしか減っていなかった。
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