2章 傭兵

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今この男はアスナに対して殺気を向けた。この伸ばされた手が一体何をしようとしたかなど知りたくも無いが、彼女に手を出す事は許さない。 しかし決して低くないキリトの筋力値にもレオは顔色一つ変えない。猛獣じみた殺気を放つ右眼がキリトとアスナを交互に眺め、笑った。 「いい顔になった」 込められた力が無くなったのを感じ、キリトが手を放す。 「今日、同じ時間同じ場所で待ってる」 「またボイコットは勘弁してくれよ」 キリトの軽口にレオはニヤリと笑い身を翻す。数歩進んで、止まった。 「さすがの速さだな。『閃光』の名は伊達じゃない」 殴られた左頬をさすりながらレオがそう言うと、アスナは不快そうに眉間を歪める。 その反応にも満足そうに笑いながら、レオは今度こそこの場から去っていった。 しばらく解けない緊張感も、レオの背が見えなくなってようやく解けた――とキリトは思ったが、振り向いた先のアスナのただならぬ気配に、思わずため息をつく。 どうやら事情を話さねばならないらしい。 ―――――――† 世界中央を囲む山脈。そのうち三カ所にある大きな切れ目は、サラマンダー領に向かう『竜の谷』、ウンディーネ領に向かう『虹の谷』、そして今キリト達がいるケットシー領に向かう『蝶の谷』。 昨日と同じ時間、同じように待っていたキリトだが、一つこの光景に違いがあるとすれば傍らにいるウンディーネの少女の姿だろう。 「……なあ、アスナやっぱり」 「今更帰れなんて言ったら――」 チャキ、とアスナが細剣に手をかける。満面の笑みで。 それ以上キリトに言える事などあろう筈がない。 昨日、アスナに説明を求められた――脅迫された――キリトは仕方なく事のあらましを話した。 といっても、彼自身知っている事など大してないのだが。 それでもキリトにしてみれば、どうしてもアスナだけは巻き込みたくなかった。 彼女の強さはその心だが、その心は恐ろしく純粋で、危うい程、眩しい。だからこその強さなのだが。 「――よお」 また一つ、夜闇の高原に影が増える。 「待たせたな」 傭兵レオが現れる。
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