序章

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 あたしには子供の頃の記憶がない。  いや、本当のことを言えば割とはっきり覚えているんだけど、あまりいい思い出がなかったから思い出したくない、なかったことにしたい、っていうのが正直なところ。  あたしの親はかなり昔気質な考え方をしていて、男は男らしく大黒柱として家庭を支える! 女は女らしく三歩だか十歩だか後ろを歩いて影を踏まず献身的に男を支える! という、かなり古い家風を重んじていた。  だから、あたしは生まれた時から女らしい女になれと育てられた。  着たくもない暑苦しい着物を着て舞踊にお花にお茶に通い、立ち居振る舞いに粗相があればその場でひっぱたかれる。  あたしは、そんな自分たちの理想を押しつける両親が大嫌いだった。  だから、言われた習い事は表面的にこなしながら、反発するように男に混じって空手を始めた。  ストレス発散になるし、何より外で走り回るのが大好きなあたしは、汗をたくさんかくスポーツができて満ち足りた気持ちになった。  そうして男らしい性格へと変わっていき、両親があたしに期待しなくなったところで、弟の尚紀が生まれた。  跡継ぎが欲しかった父は、とにかく尚紀をかわいがった。  何をしても、何を始めても許した。  だから次第にわがままになっていった。  尚紀は、5つ以上も年上である姉のあたしにもふんぞり返るようになった。  それなのに、自称昔気質の両親は何も言わなかった。  だから、何かある度にあたしが空手で心身共に叩き潰した。  両親はあたしを責めたが、尚紀は年功序列社会の厳しさに気づいたようで、あたしの言うことはちゃんと聞くようになった。  それから両親はあたしを娘としてじゃなく、ただの同居人として見るようになった。  あたしは孤独になった。  そしてどんどん荒れていった。  そんな最悪な時に出会ったのが、硝だった。
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