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「母上、では行って参ります。」
板張りの床に片膝を立て、御簾越しに見える人影にうやうやしく頭を下げる若者がいた。
黒の上衣に、これまた漆黒の長い髪が波打つようにかかる。
腰の深紅の帯には、美しい細工を凝らした刀。
その後ろには長い銀髪を束ねた端正な顔立ちの青年が同じく深々と頭(こうべ)を垂れていた。
ーーそれはある春の朝、宮殿の帝のおわします間での光景であった。
大陸の東の果て和国(わこく)は、山河の多い島の西側を領土とし、海と山の幸に恵まれ、農耕は栄え、小さいながらも豊かで平和な国であった。
皇の一族は、和国を統治して5代。
現在の女帝、碧玉帝の息子、黒龍(こくりゅう)は、齢(よわい)16にしてまさに今人生初の旅に出ようとしていた。
「黒龍や、顔を見せておくれ。」
女帝の声に、少年は顔を上げた。
まだあどけなさの残る顔立ち。少女のように線の細い体つき。
しかし、髪と同じ漆黒の大きな瞳は凛として、彼にはかなげな印象を持たせない強さを与えていた。
御簾の向こうの女帝を、まっすぐに見つめる。
「どうしても月読(つくよみ)の社へ行かねばならないのですか。」
女帝は彼と同じく美しい黒髪に縁取られた顔を歪ませた。
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