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「さ、着いた。行こう?」
禅に促されて車を降りる。
そびえ立つその建物を見上げると、知らぬ間に足が止まっていた。
退院の許可が出たとき、もう二度と戻るまいと誓った。
苦い記憶。
グッと力を入れていないと、過去のあの日に引き戻されてしまうような気がして、無意識に力が入る。
睨み付けるように一点を見つめ立ち尽くしていると、フワリ何かに包まれた。
そして直ぐにそれが禅の腕だと気付く。
立ち尽くす蜜の腰を包み込むように抱くと、そっと一歩を踏み出すように促された。
禅は何も言わなかった。
ただニッコリ笑っていた。
大丈夫だよ、と言われている気がした。
そうだった。
ここに来たのは幸せになるため。
新しい一歩を踏み出すため。
決してあの日に戻った訳じゃない。
蜜はやっと禅み微笑み返すと、促されることなく、自分の意志で歩き出した。
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