夜の町

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夜の町

   深夜1時。  私は黄色い綱をひいて、夜の町を歩いている。  左手には、立ち上がると私よりも大きい、怖い顔の愛犬がいて。  右手には、愛犬家としての嗜みであるビニール袋。  静かな夜だ。静かな町だ。  車1台も走っていない。  ずしりと重い袋を、かさりかさりと鳴らしながら。  3週間かけて脚側歩行をマスターした愛犬と並んで。  私は歩く。  隣の町では開発が進んでいるらしい。  海の埋め立てが始まっているらしい。  そんなことは知ったことではない。  そう言いたげな愛犬は、神経質なくらい律儀に、電柱に擦り寄っていく。  そして、アスファルトを突き破って生えている雑草を無遠慮に食い千切る。  おい、お前。  どこの馬の骨とも知れん犬が――確実に馬の骨ではない――小便をかけているかも知れないのだぞ。  そう言う私の言葉なぞ、聞き入れもせず。  愛犬は草を食む。  実に静かな夜だ。静かな町だ。  ショリショリと、瑞々しい音が聞こえる。  もう夏だというのに、この星の輝きはどうだろう。  見事なものではないか。  ほら、お前も見てみなさい。  愛犬に話し掛けてみるが、彼は私には目もくれず、今度は一心不乱に地面をフンフンと嗅ぎ回っている。  本当に、静かな夜だ。静かな町だ。  愛犬の爪がアスファルトを引っ掻く音まで聞こえるではないか。  風に乗ってやってきた、隣町の下水のような臭いが鼻に届く。  昼間には気付かないものが。  夜には、こうやって現れるのだ。  
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