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のぞみ に向かって
「先輩。ほんまに行くんですね」
荷物は先に送ったから、という先輩の手には。
3年間、ずっと傍にあった、小汚いスポーツバッグ。
「当たり前じゃ。
ドッキリに、こんな手ぇ掛けんやろ」
寂れた駅のホーム。
電車を待ってるのは、相変わらず垢抜けない先輩1人だけ。
見送りも、わたし1人だけ。
「晴れの旅立ちの日に、見送り、わたしだけとか。
先輩、人望ないなぁ」
間を保たせるために。軽口を叩く。
先輩が不人気なんじゃなくて。
大学進学組は、もう、田舎を飛び出していて。柄にもなく風邪を拗らせた先輩が晴れの舞台に出遅れ。
行ってきます予告をした日に、間に合わなかった、てだけのこと。
それを分かってても。
分かってるからこそ。
言ったのは。
2人きりの、この電車待ちの時間を、しんみりしたものにしたくないから。
「おぉ、ほんまな。
横断幕下げて見送ってもらえる思うとったのにな」
きしし。自慢の歯並びを見せ付けるような、先輩の笑顔。
これで 見納め 。
ざあっと吹いた風が。
わたしの心をかき乱していく……なんてことは、ない、けど。
先輩の笑顔。これからは、写真の中でしか、見られないんだ と思うと。
少し――ううん、少しどころじゃなくて、かなり、寂しい。
もっと、いっぱい、写真、撮っておけばよかった。
2、3パターンの笑顔だけじゃなくて。先輩がいなくても、先輩の顔が溢れてるくらい。
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