ヒーローの条件

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ヒーローの条件

   はじめて好きになった人は、とにかく足が速かった。  毎年毎年リレーのアンカーで、体育祭のヒーロー。  サッカーでも野球でも、いつだって主役だった。  地黒なのか、夏に尋常じゃないほど強い日差しを浴びていたのか、冬でも、袖を捲った時にあらわれる腕は真っ黒で。  ちらちら盗み見ては、きゅんとした。  笑った時に くくっ と浮かぶえくぼが、なによりかわいくて。 「お母さんに切ってもらってるんだ」って自慢げに撫で上げていたジョリジョリの坊主頭によく似合っていた。  駆け出していく彼の後ろ姿。  小さな石を跳ねあげて、1度も振り返ったりしないでグラウンドを颯爽と走っていく背中とか。  今も、すっごくリアルに思い出せる。 「……それで。  何が言いたいわけ?」  片足を水道の淵に引っ掛けて、擦り剥いた膝小僧を冷たい水でじゃばじゃば洗いながら。  彼が、言う。  盛り上がってるんだろうな。  グラウンドの方からは、興奮してるのか音声が飛び飛びになってるアナウンスと、黄色いのと野太いのがごちゃ混ぜになった歓声が響いてくる。 「んー、別にー……。  ちょっと思い出しただけ」  じんわり滲んでくる血から目を逸らそうとしてる彼の顔。  浮かんできた笑いを、なんとか頑張って堪える。  本当、痛みに弱いというか。  ただの擦り傷で、こんなに眉間に皺寄せる人は見たことがない。  小学生でも、唾つけとけば平気だよ、って言うくらいの、あるのかないのか分からないくらいの出血量で。 「それにしても、さー。  障害物競走でこけて怪我するって、ある意味、すごいよね」  そう言いながら手渡した白いタオルを、ぶすっとしたまま受け取る彼の腕は。  なまっちろくて。もやしみたい。  こんな腕なら。障害物競走でこけても仕方ないかも。 「……うるさいよ」  ひょこひょこと立ち上がって。ふらつきながらグラウンドに向かう背中の、この締まらなさ。  折角、渡してあげたタオルの端を。地面に引きずってて。  青い空に白い雲。  絶好の体育祭日和が、ここまで似合わない男がいてもいいのかな。  なんて。思ったりもするけど。  その、運痴なところや不健康そうなのも含めて。  なんか、かわいい。  
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