『冷たい頬』

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『冷たい頬』

  「あなたのことを、深く、愛せるかしら――  子供みたいな、光で、僕を染める……」  誰の歌だったか。  思い出せない。  けど。  歌詞が、すらすら、口から飛び出してくるし、多分メロディーも間違ってない。 「風に、吹かれた君の……」  あ。  タイトル、出てきた。  歌の中に。 「……冷たい頬に 触れてみた 小さな午ー後――」  チャリを漕ぐ脚に力を込めて、坂道に向かう。  あの、オレンジ色の夕陽が沈みきってしまう前にこの憎々しい坂を通り越せたら、何かいいことがある。  そんな気がして。 「ふーざーけー過ーぎてー 恋がー幻でもー……」  3日前。  僕は、3ヵ月付き合った彼女に振られた。  この春高校を卒業して、地元を離れて大学に進んだ元彼が、格好いい単車にまたがって会いに来たらしい。  3時間かけて。 「構…わないとー……いーつしかー思ーっていた――……」  なんて歌いながら楽々登れる程、ここは生易しくない。  何度の坂なのかは知らないけど、結構な心臓破りっぷりだ。  3時間かけて!  口元には、可愛いメロディー。  頭の中には、サッカー部だった、あの先輩の顔。  そんな遠いんなら、電車とか新幹線使えよ。  痔になるぞ。  彼女……今となっては元彼女は、遠路遥々会いにきた彼の熱意を受け止め、 「遠恋でも頑張る」ことにしたと言う。  くそったれ!!  それを告げられたのが、お互いの家の中間地点の、この坂。  彼女の家側の麓。 「壊れな――がら――君を―追―い―かけてく―――!」  何もかもを振り切るように、ギチギチ鳴るペダルを思いっきり踏み込んで、腰を浮かせる。  今時……ていうか、高校生にもなって、立ち漕ぎかよ。  なかなか恥ずかしい、必死さ。  けど、この坂に負けるよりは。  自分で勝手に見立てた敵にも負けるなんて、格好悪すぎる。  
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