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おいらか
好きになった理由を思い出せない。
けど、隣にいてくれると安心する。
志田君は、そういう人。
「僕、どっちでもいいよ」が口癖で。
気を遣ってるのか、それとも主体性がないだけなのか。
でも、そんなことどうでもいいやって思えてきちゃうような、一緒にいると肩に力を入れなくて済む。そういう人。
だから。
当たり前のように付き合い始めて、当たり前のように手を繋いで、当たり前のように口唇を重ねた。
わたし達は若くて、楽しくて、幸せだったから。
「ねぇ、志田君――……」
早咲きの桜の花びらが、まだ散りたくないと枝にしがみついてるのを見て、抗えない現実を知っているわたしは笑って。
ロマンチストな志田君は、可哀想だと目を伏せていた。
「花って、」
はらはら、はらはら。
こんなに弱々しい風にも、小さな花は、とても無力。
咲き誇っていた自信をあっけなく奪われて。
静かに、落ちていく。
信じていたものが手の中からするりと零れるのと同じくらいの切なさで。
「本当、儚いね」
はらはら、はらはら。
音もなく。
そこにいたことを、消してしまう。
笑っていたことも、交わした約束も、ぼんやりとした予感も、最初からなかったもののように。
「儚い ってね。
人生は夢みたいに確かじゃなく、頼りにならないってことなんだよ」
志田君に、もう、触れることが出来ない手を慰めてくれるのは。
淡紅色の優しい涙。
冷たい地面に触れる頃には、諦めに身を任せることが出来るよう、わたしは祈る。
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