恋人

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   約束を破ってしまったのはわたしだけど。  今日は無理だって、ちゃんと電話したし。  その時に「分かった」って言ったじゃない。  それなのに。  何で、家、来るかなぁ。  憎らしげに睨んでやりたい。  けど。  忠司に顔を向けたくないわたしは、じっと俯いたまま、テレビの音だけを聞いている。  さっきまでは笑いながら見てたバラエティが、全然楽しくない。  画面を見られないから、だけじゃなくて。気分的に。 「ふはっ」  お約束のボケと、テンポのいいツッコミに、忠司が笑う。  人の気も知らないで。  いつまで居るつもりなんだろう。  わたしは、いつまで顔を隠してなきゃいけないんだろう。  ここは、わたしの家。わたしの部屋。わたしのリビングなのに。  早く帰れ。ばか。  そんな思いが通じたのか、通じてないのか。 「で。化粧もしてるし。着替えてるし。テレビ見てるし。  なんでドタキャン?」  壁に寄り掛かって、ふはふは笑ってたはずの忠司が。  不意に、わたしに向かって、言葉を投げる。  それなりに覚悟をしてたとはいえ。  言いにくい。 「なんで、って……」  ごにょごにょ。  口唇を動かすとぶつかる、抱え込んだ膝小僧。  正直に話しても、馬鹿にされるか、呆れられる。  そんな気が、しないでもない。 「どうしても見たいテレビがあったから。急に出かける用事が出来たから。とか、言わないでよ」  忠司はいつも、こうやって、わたしの逃げ道を潰していく。  約束の時間から3時間、針を進めてる時計。  いつも忠司は正しいけど。  息が詰まりそうになる。  正解しか求めてない忠司には。  きっと、わたしの気持ちなんて分からない。    
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