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やさしい風
脚の細いワイングラス。
洒落で買ったようなもので、使う機会は、きっと、ない。
食器棚の1番上――出し入れすることがない特等席に飾られてるだけ。
だと、思ってたのに。
「新社会人かぁ。
なんか、照れるね」
そう言いながらも、万更でもないって顔でカチンと乾杯した俊介は、どこか、大人びて見えた。
割れるかもしれないから、グラス、ぶつけないで。
それを、言い忘れるくらい。
「4月から忙しくなりそうだね」
当たり障りのないようなことを口にしながら。
見慣れてるはずの腫れぼったい目。上を向いた団子っ鼻。愛想のない口元。
俊介を俊介にしてる、その1つ1つのパーツを確かめる。
「忙しい、のかな。やっぱり」
グラスに口を付けて。
細い首筋によく似合う、ぼっこりした喉仏を ごくり と動かして赤いワインを飲み込む姿は、いつもの俊介なのに。
周りに漂う雰囲気、なのかもしれない。
俊介の周りの空気が、もう、今まで通りじゃないんだって主張していて。
その内に、きっと、それが当たり前になっていく。
「慣れるまではね、やっぱり、大変だと思うよ」
わたしは、俊介に置いていかれないよう、同じスピードでグラスを空ける。
先輩風を吹かすことができるのも、あと少しだっていうことを、半分寂しく、半分嬉しく感じながら。
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