やさしい風

1/1
前へ
/34ページ
次へ

やさしい風

   脚の細いワイングラス。  洒落で買ったようなもので、使う機会は、きっと、ない。  食器棚の1番上――出し入れすることがない特等席に飾られてるだけ。  だと、思ってたのに。 「新社会人かぁ。  なんか、照れるね」  そう言いながらも、万更でもないって顔でカチンと乾杯した俊介は、どこか、大人びて見えた。  割れるかもしれないから、グラス、ぶつけないで。  それを、言い忘れるくらい。 「4月から忙しくなりそうだね」  当たり障りのないようなことを口にしながら。  見慣れてるはずの腫れぼったい目。上を向いた団子っ鼻。愛想のない口元。  俊介を俊介にしてる、その1つ1つのパーツを確かめる。 「忙しい、のかな。やっぱり」  グラスに口を付けて。  細い首筋によく似合う、ぼっこりした喉仏を ごくり と動かして赤いワインを飲み込む姿は、いつもの俊介なのに。  周りに漂う雰囲気、なのかもしれない。  俊介の周りの空気が、もう、今まで通りじゃないんだって主張していて。  その内に、きっと、それが当たり前になっていく。 「慣れるまではね、やっぱり、大変だと思うよ」  わたしは、俊介に置いていかれないよう、同じスピードでグラスを空ける。  先輩風を吹かすことができるのも、あと少しだっていうことを、半分寂しく、半分嬉しく感じながら。    
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加