カルヴァドス

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カルヴァドス

 壁に寄り掛かって、すっかりぬるくなったパパゲーナをちびちび舐めているわたしに声を掛けてきたのが、翔馬だった。 「アンタ、暇そうにしてるね」  人懐こそうに囁いてくる低い声は、何かの楽器の音に似ていると思ったけど。  わたしは、すぐに、考えるのをやめて。 「そう、見える?」  わざと、素っ気ない風を装って。  甘いカクテルを一口。こくんと口唇を濡らして返した。 「うん、見える。  全然楽しくなさそう」  翔馬は、ロックグラスをゆらゆら揺らして。  そっと、わたしの耳元へ。首を伸ばした。  酔っ払ってるのが、自分でもよく分かっていて。  だから。 「外、行かない?」  簡単に、誘いに乗った。  でも、理由はそれだけじゃなくて。  わたしは、この人のことが気になっていた。  前から。ずっと前から。  初めて、吾妻さんの店で会ったときから。  こんな、アルコールが入って何となく人恋しくて……って風になりたかった訳じゃないけど。  ラブホテル特有のぼんやりとした間接照明の中で、お気に入りのチュニックワンピースを脱ぎながら。  重くなってきたまぶたを、そっと閉じた。  わたしは、こんなやり方しか知らない。  今更。  好きだなんて、言えない。  初めてのキスは、煙と微かな林檎の香りがして。  口唇をちくりと刺す、苦みがあった。    
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