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「あんたなんか、産まなきゃよかった」
ものごころついてから、何度聞かされたかもわからない言葉。
それなら産まなければよかっただろうと言い返すことすら、
当時の俺にはできなかった。
今にしてみれば彼女は“母親”に向いていない女性だったのだろうと、憐れみすら覚えるけれども、中学生までの俺は、ただ、自分が消えてしまえばいいのだろうと絶望と共に悟りながら、それを実行するほどの勇気もなく、ただ、生きていた。
いや、正確には「死んでいなかった」だけ。
そんな俺に心を与えてくれたのが彼女だった。
「私、諒のことが好き、大好きよ?」
長い黒髪をひるがえし、はにかんで笑う彼女。
凍りついた俺の心を少しずつ溶かしてくれた彼女。
生きていていいんだと、俺はセカイにとって邪魔者などではないんだと信じさせてくれた彼女。
俺ははじめての幸せに溺れながら、夢のような時を過ごした。
――あの、悪夢が訪れるまで。
「俺を救う?」
「ええ、そうよ」
「俺の望みを知っている?」
「ええ、もちろん」
少女は薄く微笑んだ。そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そのかわり、あなたは選ばなければならないわ。セカイか、彼女か、どちらかを」
俺に選択の余地など、存在するはずがなかった。
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