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クリスマスイブ--世界はどうかわからないが、少なくともこの国では主に恋人達がLED灯等にライトアップされたツリーと夜景を肴に愛を語り合い、またはそれに間に合わなかった孤独な連中が仲間内やネットで呪詛を零す聖夜。
だが、彼女はこの夜は仕事があって、鳳我はそれを迎えに行く道中だった。
仕事といっても、彼らが日頃行っている、その手を血に染める稼業ではない。
寧ろこの日--クリスマスだからこその仕事であり、それは前述した稼業や、先程描写した商業主義を剥き出しにしたそれではない。
(本当に、セイ(聖、性)なる……というより、敬虔な夜……って感じだよな……あいつには)
そのことをよく周知していただけに、鳳我にとってはそれがとても誇らしく、そしてまた複雑であった。
(あそこの連中は苦手なんだよな……まあ流石に嫌いからは克服したけど)
幼き日のトラウマが微かに過ぎる。しかしそれはこの場にて語ることではない。その断片を知りたい読者諸君は別作の『剣士の章』を見て欲しい。
だがいずれにせよそのような不毛な要素はここに持ち出すべきではないだろう。
何故なら今回の話においては、筆者は彼らにハッピーエンドを約束したいからである。
さて、無断話はここまでにしてそろそろ筆を物語に戻そうと思う。
煙草を吹かしつつ、鳳我は町中を闊歩する。途中で粉雪が髪にかかるも、手で軽く払うとそれらははらはらと散って消えた。
そしてやがて、町の明かりと喧騒がすっかり遠退いた頃--
「……やっと、着いたか」
煙と共に溜め息をつき、鳳我は煙草を取り出した携帯灰皿に押し付けた。
その音すら鮮明となる雪舞う静寂の中に、ただ一つだけ、音があった。
一つといったが、様々な声や音の入り混じった--それでも、どこかまとまった一体感を感じさせる。そういった意味では一つと言えた。
具体的には、美しいオルガンの音色。そしてそれに合わさった人々の様々な声色。
それは賛美歌だった。
「相変わらず……スゲエな、あいつ」
それの出所、所々が老朽化した教会を前に、鳳我は一人呟いた。
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