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宵の暗がりを彼はただ歩いている。
その日と同じような宵闇を宛てもなく、ただふらふらと、虚ろな眼をしながら。
「……」
だが、その闇が覆うのは木々繁る山道でもなければ、荘厳たる堂でもない。
背の低いビルディングが不規則に並ぶ街。その裏通りを、鳳我は独り歩いていた。
マスターの死後、師の葬儀を済ませた彼らはその遺言に従い、山を下りた。
経済的には彼らがハンター稼業で貯めた金や、師が寺倉に残していた遺産のおかげで、下町の買い手のないボロアパートを買い取ることが出来た。
陽子を初めまだ法律上は保護監督が必要な年頃の者もいたが、法律などあってないようなこの町では、それを咎める者もいなかった。
経済的にも、実質的な法律上でも、彼らは独立出来ていた。
だが--唯一にして、最重要なことが、彼らには出来ていない。
それは心--精神だった。
「……チッ」
裏通りの真ん中で、彼は足を止め、短く舌打ちした。
理由は単純。ただ、イラついていただけに他ならない。
纏わり付くしがらみ、コンプレックス、トラウマ、
そして、今、自身に向けられる無数の視線と、そこから漏れる殺気。
その主達はゆっくりと宵闇の中に姿を現す。まるで影絵のようだった。
カンと金属とコンクリートが擦れる音が響く。野球のバットであることはすぐにわかった。
「辻斬りぃ……あん時ゃよくもやってくれたよなあぁ」
金属バットを握り締めながら、恐らくは頭目の少年が野卑な笑いを浮かべる。
齢は鳳我と同じ程度。その取り巻きも。ここらで幅を利かせる不良グループだ。
そして辻斬りが鳳我のことを指しているのは今更説明するまでもない。
ただ宛てなく、彼は家を空け、彷徨ってばかりいた。
その中で、手当たり次第に喧嘩やカツアゲといった場面に乱入したり、それこそ闇討ち同然に腕に覚えのありそうな連中を叩きのめしていた。
故に彼はここらの少年達から、「辻斬り」と呼ばれ、恐怖と憎悪の対象となっていたのだった。
「この人数にエモノ持ち……かないっこねぇよな。……土下座しても許してやんねぇぞ? わかってんのかオイ」
リーダーは勝ちを確信したようにまくし立てる。確かに、この条件なら有利不利は明らかだった。
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