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裏通りの少し離れた、表通りに比較的近い場所。
追っ手も来ない、振り切れたと判断したのか、鳳我はそこで足を止めた。
「……」
徐にジャケットの内ポケットに手を入れる。取り出したそれにはそこそこ高いシガレットと、そして師の形見--アポロンのオイルライターが握られていた。
無言のまま彼は煙草に点火し、煙を肺一杯に溜める。法律上は彼はまだ喫煙を許されてはいなかったが、例によって咎める者はいない。
そして、その一連を動作を行うにあたり、彼は一つの息切れも、汗もない。それが彼の日頃の鍛練と、その成果を物語っていた。
「……クソが」
だが、その表情は、決して明るく、そして健全ではなかった。--毎晩のように街を徘徊しては喧嘩をしたり、未成年喫煙をするのがそもそも健全でないというならそれまでだが。
しかし、その不快感が例の頭目の罵声、その中に含まれた「ママ」というワードからということに気付く者は、それこそ彼と寝食を共にする者でなければわかる由もなかった。
彼はライターに掘られたアポロンの絵をじっと、哀しいような忌ま忌ましいような視線で見つめる。
師の、父の形見--だが、彼はそれを受け入れることはまだ出来ていなかった。
いや事実としては理解しているし、受け入れてもいるのだ。
ただ、疑っていた。
師はその遺言に自らを魔界のモノと述べた。恐らくは己が受け継いだという血もそれなのだろう。
それが、何よりも魔界の連中を憎悪する彼には、許せなかった。
そしてその憎悪が、疑惑を生んだ。
即ち師は、親は、己をも魔のモノとして利用する為に生み、育てたのではないかと。
そう思うと、今まで血汗を垂らして身につけたこの武術も、武器も、精霊も、全てが無意味なように思えた。
だが、それは彼がこうして無意味な闘いに身を投じる直接の理由にはならない。
彼はただ逃げたかった。この運命から、しがらみから、絶望から。その方法が、たまたま「これ」なだけのことだった。
(意味わかんねえ……どいつもこいつも)
しがらみと言えば彼の「仲間」の一人である美月もそうだ。彼女は神聖な家の生まれらしい。
だがそれも、かつて神職に狙われた彼にとっては、憎悪の対象にしかならなかった。
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