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『エントランス』と呼ばれるとある次元のとある荒野--そこを一つの影が歩いていた。
荒野といっても原始的な風景の残るようなそれ--『荒れた野』ではない。
そこは辺り一面をかつては覆い尽くしていたであろう草木が無惨にも焼き、そして刈り取られたまま放置された--要するに『荒された原野』だった。
恐らく、数十年前の大戦の爪痕だろう。
そこを一人、重い足取りで歩いているのは--少年だった。
少年といっても、その姿はやけに幼い。年齢で言うなら十歳前後といった所か。
いずれにせよ、このような荒唐無稽な所を一人行くには似つかわしくないと呼べた。
だがその風貌を見ればどうだ。重そうな足取りと述べたが、よく見れば彼は右足を引きずっている。言うまでもなく怪我によるモノだろう。
見につけた衣服はもはや元の生地も色もわからない程に汚れ、破れている。そこから除く肌の全てに、痛々しい痣が刻印されていた。
そしてそれが彼の今まで生きてきた世界の過酷さを如実に示していた。
「……」
見ると、少年の口元の辺りは特に赤く染まっている。
だが全身が傷だらけなのだからそれを特に取り上げる理由も本来はない。
しかし、口元以外の傷口からの血は外気に触れ、赤黒く乾燥している。
なのにその部分だけはまだ、クリムゾンと言える程の紅々とした色を残していた。
「--」
紅い口を開き、少年は唇を微かに震わせる。その拍子に口元の鮮血が滴り落ち、乾いた大地に一点の染みを残した。
その唇が発した音が意味のある言葉なのか、それともただのうめき声なのか、判ずるにそれはあまりにも小さく、そして低い。
それが最後の気力だったのか、少年は糸の切れた人形のように崩れ、地に膝を着き、天を仰ぐ。
しかし、薄墨を塗ったかのような色の曇天は無慈悲にも彼に光明ではなく、冷たい雨を降らすだけであった。
「……」
小さく開いたままの口の中にも雨水は降り注ぐ。しかしその喉を通り過ぎることはなく、涎と共に流れ落ちるのみ。
少年は光も焦点もなき瞳でただ天を瞬きもなく見つめていたが、やがて--
「--……」
ゆっくりと、前のめりに、その身を庇うこともなく、倒れ伏した。
その姿を天は哀れむことなく、ただ少年は風雨に晒されていた。
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