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マスターが死んだのは五月の半ば--春とも夏ともつかぬ、そんな暑さの日だった。
稽古の最中、急に吐血し、その場に倒れ込んだのだ。
それ以前からも顔色は思わしくなかったが、陽子が加わってからはまるで何かに急かされるかのように、より熱心に指導に励むようになっていた。
だが、それからは急にマスターは衰弱し、床に伏せたままとなった。
そしてそれは、彼がこの世を去るまで変わらなかった。
そんなある日の午後、マスターは弟子の六人を急に呼び出した。
「お師匠様……ねえ! お願いだから元気になって! またあたしにお母さんの話をしてよ!」
陽子がマスターに縋り付くように声を上げる。今にも泣き出しそうな、上擦った声だった。
「……」
彼女の振るえる手にその枯れ枝のような手を置き、マスターは息も絶え絶えに呟いた。
「そう……じゃな……まだ……お主らには……語り足りぬことが……ある。だが、それも……叶わぬ……」
「マスター……お気を確かに! まだ……私達は……」
美月が振るえる声でマスターに食ってかかる。だが、マスターはただ目を僅かに細めるだけだった。
「我が命の灯も……もはや、消えん。最期に、お主らに伝えたいことがあるのじゃが……最早、その気力すらも、残っておらぬ。ふ、これも我が業か……」
今にも閉じられそうな瞳を少しずつ動かし、一人一人に視線を向ける。
美月、陽子、獅堂、蛟、龍司--そして、最後の一人でそれは止まった。
「鳳我……儂が死んだら……あの寺……黄龍寺(コウリュウジ)の堂に、向かえ。一人でな。……お主に託すモノがある」
「……」
無言で鳳我は頷く。ここ数年でも、仲間との不和は絶えなかったが、師匠たるマスターには、不思議とその言うことを素直に聞いていた。
その様子を見届けると、マスターは視線を虚空に向ける。
「誠に……すまぬ……儂の力が足らぬばかりに……。じゃが……お主らは宝よ、希望よ……ありがとう……ありが……とう……」
声が、途絶える。
「……おい……マスター!」
「何勝手に寝てんだジジイ!」
「マスター!」
「お師匠様! お師匠様ぁ!」
獅堂が、蛟が、美月が、陽子がマスターに食ってかかる。
だが、その瞳は固く閉じられ、その声は返って来ない。
「……」
その様子を、ただ鳳我と龍司は無言で見つめていた。
鳳我の拳は震えていた。
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