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師の逝去から暫く--日が傾き、斜陽が辺りに降り注ぐ頃、何人かの嗚咽と怨言を背に鳳我は山道を登り始めた。
「飛原鳳我」の始まりの場所、黄龍寺は彼らが修業し、生活していた小屋から離れた位置にあったが、山道そのものは決して険しいモノではなく、少年の脚でも行くことは出来た。
それでも、彼の足取りは決して軽くはない。彼の師--マスターが死んだ瞬間、他の仲間達とは異なり、彼ら兄弟は声一つあげなかった。
だが、鳳我は鳳我なりに師匠の死をまだ受け入れられてはいなかった。それをあの場では明確な態度に出さなかっただけ--弟の龍司はわからないが、恐らくは彼も彼なりに当惑していることだろう。
しかし、師が彼に託さんとしているモノ、則ち形見を受け取ってしまえば、それによって死を何よりも認めざるを得なくなる。
その現実が、彼の足取りを遅めていた。
だが、現実は過去を経由し、いずれ今に追いつく。
「……」
鳳我の眼前には、紅蓮に照らされた古ぼけた仁王像と、幾多もの齢を重ねたであろう大樹、そして暗闇を飲み込んだ本堂が広がっていた。
一瞬、その妖しげな光景に足を止める。
だが、やがて口を一文字に結ぶと共に、再び歩き出した。
やがて、本堂に辿り着く。戸を開くと共に夕陽が堂内に注ぎ込んだが、最奥の仏像の間はそれを拒むかのように、依然として闇を保っていた。
(……あれか)
望むのモノはそこにあった。仏像の前の経典等を置く台--経机。そこに丁寧に折り畳まれた書状と、漆塗りの箱が置かれていた。
「……」
堂に上がり、書状を手に取る。その表には若干震えた、それでも達筆の様子を残した字で、「遺言書」とだけ書いてあった。
「……っ!」
思わず目を閉じる。額に一筋の汗が流れる。
だが、やがて歯を食いしばり、彼は書を開いた。
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