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203高地の夜
203高地の急拵えの兵舎の一角に
ひとりの男が入っていった
中では乃木大将が故郷の栗を焼いている
入ってきた男は乃木に問う
「日本人はまだ戦えるかね。」
乃木は男を見つめると静かにうなづく
男はまたこうも問う
「日本人はどんな戦争にも耐えられると思うかね」
乃木はその問いに驚き
考え、そして答えた
「いかなる時も母を守る子のように」
乃木大将を、男は見た
男は満足気にうなづくと
自らのたくらみに帰っていく
残された乃木はひとり静かに栗の焼けるのを待った
乃木はいつか思い出しただろうか
この日、兵舎を訪れた男の顔を
交わした言葉を
人は乃木を愛しては憎むあまり問う
乃木大将は何故死ななかったのかと
乃木大将は何故死んだのかと
乃木大将は沈黙のまま
母を守った子らのために今も故郷の栗を焼いている
栗が焼けては戦場から帰ってきた我が子らを手招いている
貰いにいく者らは嬉しかろう。
もうその子ら以外誰も訪れてくれるな
時代よ。何故あの日、乃木大将に問うたのか
(終)
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