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8月15日
二章(B級戦犯者の記録一日目)
表紙には
大きな軍服姿の青年の写真
凛々しい眉と男らしい視線が目を引く
B級戦犯者の記録という太く角ばった題字と
それはあまりに掛け離れたまっすぐな青年の姿
厚い表紙をめくると薄い絹のような和紙がいちまい
まるで製本者がそこに花一輪、飾りたかったかのように
私には名前があります
故郷もあります
父も母もおります
妻もおります
赤紙で徴兵され満州にて任務につきました
飢えに耐え、戦友の死に耐え、望郷の念に耐え、
ここにおりますわたくしは
大日本帝国陸軍2等兵であります
敗戦を知らず、退路を失いさ迷っていたわたくしは中国で捕われの身となりました
わたくしは捕虜ではありません。犯罪者だというのです。その罪状は
「強盗殺人」
通訳もありません
裁判もありません
アメリカ人が中国人を引き連れて
牢のなかで罪状を決めていきました
これが敗残兵のさだめでしょうか
暁が見えますか
暁の向こうに祖国が見えるといって
みな、暁に泣くのです
兵隊さん、今は朧月夜です。
私は2階の窓をあけ表紙の青年に月を見せていた。
遠くから雷のような音がはじけて
精霊流しの花火があがる
それは大きな大きな菊の花火
8月15日の夜空に大輪の菊の花が咲く
兵隊さん、菊の暁です
(続く)
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