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時は江戸。
「お~い又七~!」
「あの子ならどこかへ走って行ってしまったよ」
「くそっ、やられちまった……又七の野郎後で覚えとけよ…」
又七の父三郎は悔しそうにそう呟いて頭をかいた。
───その又七はというと、男としての力仕事をサボり、山の方へ遊びに行こうとしていた。
又七は、沼淵村という小さな村に住んでいる。まだ齢16の百姓だ。刀を自由自在に振るう武士に憧れを持っている。
荒道を歩いていると、背後から声が聞こえた。
「又七っ!」
振り返ると、幼なじみの百合花が走ってきた。
「はい、これ」
立ち止まると、何かの紙切れを手渡してくる。
「何だ、コレ」
「手紙よ手紙。見て分からないの」
「あ、そう」
「ちゃんと返事ちょうだいよね」
又七が手紙を受け取ると、百合花はさっさともと来た道を帰っていった。
───なんだあいつ。やっぱよく分かんね~。
そう思い、手の中の手紙を開こうとした途端、生暖かくて強い風が吹いた。
手紙が、鳥のように空を舞う。
「あ、くそっ」
又七は必死に手紙を目で追いながら、風に負けぬよう走った。
いつの間にか辿り着いていた所は、あの、桜木の前だった。
手紙は、手を伸ばせば届く木の枝に引っ掛かっている。
だが、又七はそれをためらった。
────桜の木に近づくな桜の木に近づくな
鬼に命狩られるぞ
昔からこの村に伝わる鄙歌を思い出したのだ。
いや、思い出したのではない。
桜の木の裏から、風に乗ってこの歌が聞こえてきたのだ。聴いていると落ち着くような、涼やかで優しい声をしていた。
又七は思わず、目を閉じてその歌を聴いた。
────が。
バシッ
目の前で大きな音がしたかと思うと、いきなり顔の目の前に手紙を突き付けられた。
又七は、慌てて一歩後ずさる。
「───これ、お前のだろう」
見たことのない、自分と同じ年くらいの少年が立っていた。
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