眼を覚ましたら、知らない場所だったってのはよくあることだ

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「――ッ!?」 それは、例えるなら友達への挨拶代わりのような、軽いタッチだった。振り返ろうとした瞬間、背中にポンっと誰かの手が当たり、そのまま池の方へと押された。 その力は決して重いものではなかった。先の例えのように本当に軽いもので、人一人を満足に押せる程の強さでは無かったと断言できるくらいに。 だが押された当の本人である私は、いとも呆気なく簡単に池へと体を傾けさせていた。 有り得ないという考えが頭の中を一瞬にして埋め尽くす。酔って気が抜けていたのは確かだが、それでも間近まで接近を許し、あまつさえそれに触れられるまで気づけなかったのだ。 どこぞのスナイパーじゃないが、背後を取られないことにはそれなりに自信はあった。だというのにこれだ。くそ、なんて無様な……。 自分への一通りの叱責が終わったところで、思考が目の前へとシフトする。目の前は冷水の池、落ちてしまえば酔いで熱くなった頭も冷めるもとい醒めるだろうが―― 「くっ……!」 杖を持った手を前面に突き出し、杖に魔力を込める。埋め込まれている宝石の一つ、重力制御の術式が込められた宝石が作動し、それは愛杖を決して沈まぬ足場へと変えた。 地面から完全に離れてしまう前に足で地面を蹴り、勢いをつけて身を宙に投げる。 ――そんな情けない姿を曝すのは御免だっ! 体が杖の上で逆立ちするまで動いたら、手を器用に使い杖に着地する。そうしたところで、ようやく私は今まで自分が佇んでいた所――池のほとりへと目を向けると同時に周囲へ気を張り巡らせた。 私の中で容疑者として候補に上がっていたのは幽々子殿だ。外は静かではあるが、白玉楼内では妖夢の指示の元に宴会の片付けが行われている。その最中にわざわざ誰かが抜け出してまで私を突き飛ばしにくるだろうか? 答えはNOだろう。やる程の価値が私には見出だせないし、そもそもやったところで何の得もない。 となれば、残るのは私と同様に片付けを免除された幽々子殿だが―― 視界の中に私を突き飛ばした張本人と思しき影は無し。周囲に感知できる気配も無し。 ――ご覧の有様だ。付近にそれらしい姿は見えないし感じない。幽々子殿がテレポート出来ると言うのなら話は違ってくるが。
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