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結局マユちゃんの事情への質問はお預けにされ、母がキッチンへ向かってしまった。
まぁ、しかし何となく事情は想像出来なくもないので、無理に追及するのはやめておこう。
母の性格上、この手の話をマユちゃんの目の前ですることはないだろうし。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
向かいに座っていたはずのマユちゃんが、いつの間にか僕のすぐ隣に立っていた。
椅子に座った僕よりも幾らか小さなマユちゃんが、僕のTシャツの袖を握る。
か弱い力が、それをキュッと引っ張る。
「お兄ちゃんのママ、お料理にもうちょっと時間かかるよ」
「うん、そうだね」
「だから、お兄ちゃんはマユといっしょにテレビ見よう?」
首を傾げつつ僕を見上げるマユちゃん。
細くサラサラの黒い前髪が、首の動きに合わせて揺れる。
絹糸のように柔らかそうな髪だ。
興味本位の衝動に駆られてその前髪を人差し指で撫でてみると、驚いたように目を瞑り、「んゅぅ……」とよくわからない甘い声を洩らした。
「今の時間は、何か面白い番組なんてあったかな?」
「わかんなぁい。でも、お兄ちゃんとなら、にゅーすでもいいよ?」
「あはは、じゃあ何かアニメがあってないか探してみようか」
「うん! マユ、アニメ好き!」
マユちゃんに急かされるままに立ち上がり、引っ張られながらソファーに向かう。
マユちゃんが、ボスッ、と勢いよく座る隣に腰を下ろし、テレビの電源を入れた。
リモコンで番組表を出してはみるものの、アニメどころか、夕方のニュースばかり。
マユちゃんはニュースでもいいと言ったものの、七歳の少女とニュース見ながら『最近の政治はつまらないね』『そうだね』なんて話をするほど落ちぶれてはいない。
無難に教育番組を選択し、頭の後ろで手を組んで背もたれに身を委ねた。
「ひょーめんちょーりょく?」
「うん。まだちょっとマユちゃんには難しいかな」
「むぅ……マユ、お姉ちゃんになるから、もう子どもじゃないもん」
「はいはい」
テレビの中では、シャボン玉の構造について実験を交えつつ解説していた。
えらく片言なマユちゃんの言葉にツッコミを入れつつ、マユちゃんの頭に手を置く。
少し俯いている辺り、撫でられることを嫌がるそぶりは見せないものの、マユちゃんの口調は不満げたっぷりだった。
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