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吉岡くんは、黙って私の手を引き、小さな門の中に足を踏み入れた。
真っ暗な玄関先で、水を含んでクタクタになったバックから鍵を取り出すと、
「貸して」
吉岡くんが、私の手から鍵を取り、玄関の扉を開ける。
背中を押され、一歩中に入った私を追い越した吉岡くんは、暗闇の中、手探りで電気をつけた。
眩しい程の明かりに照らされた瞬間、目の前の彼の顔が、ハッキリと浮かび上がる。
急に現実に戻ったようで、ずぶ濡れの自分が恥ずかしくなった私は、涙でグチャグチャなはずの顔を、そっと下に向けた。
「......あの、ごめん......なさい」
送ってもらい、家にまで入れてもらい......なんだか子供みたいで情けなくなってしまう。
「......俺もいていい?」
「......え?」
「広瀬が落ち着いたら、ちゃんと帰るから」
廊下の壁掛け時計に目を向けると、すでに、午後9時を少し過ぎている。
「......あの、でも......」
「こんな広瀬、一人にできないよ......」
困ったように小さく微笑む彼。
こんな夜に、一人が寂しいどこまでも情けない私は、
「ありがとう......」
ゆっくりと頷いた。
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