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「そうじゃなくて......」
ゆっくりと口を開く。
「あの......私、お母さんが出て行ってから、人に作ってもらったご飯食べるの、初めてなの」
母が家を出て以来、外食以外で人の手料理を食べる機会なんてなかった。
「長い間、自分でしか作る事なかったから、こんな時なのに、なんだか嬉しくなっちゃって......」
胸が熱くなり、目の前の土鍋を見つめる。
お粥からは、未だ温かい湯気が、天井へと登っていた。
「それに......吉岡くん、料理苦手なはずなのに、頑張って作ってくれたじゃない?」
私が見上げると、困ったように目線を逸らす彼。
私は、少し照れた顔の吉岡くんに、
「私の為に、一生懸命作ってくれて、ホントに嬉しい。ありがとう」
心からの気持ちを伝えた。
キッチンで、携帯の向こうの誰かに、いちいち問いかけていた吉岡くん。
身を屈め、ジッと計量カップを覗き込んでいた吉岡くん。
食器棚を開け、真剣な表情でスプーンとレンゲを見比べていた吉岡くん。
私の為に、慣れない手つきでお粥を作ってくれた吉岡くん。
彼のその姿が、きっとこのお粥をますます美味しくさせている。
誰かの手料理を食べ、嬉しさと感謝の気持ちで胸がいっぱいになったのは、生まれて初めてだった。
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