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門の前に停まっているタクシーのドアに手をかけ、見開いた目でこちらに顔を向けている母。
昔から細かったその身体は、一段とやせ細り......ワンピースから覗く手足は、まるで、折れてしまいそうな程に見えた。
「......お、母、さん......」
じり、と足を踏み出した私の前で、母の足が、カツ、と後ずさる。
「......あ......お母、さ......」
もう一度じり、と足を踏み出すと、ハッとしたように背中を向けた母は、足早にそのタクシーに乗り込んだ。
え......
や......やだ......
「あの、待っ......」
私と母を遮るかのように、タクシーのドアがバタンと閉じられる。
え......
嘘......
前に身を乗り出し、運転手に何かを告げていた母は、そのままこちらを見る事なく、パッと顔を伏せ、動かなくなった。
や、やだ......
ゆっくりとタクシーが進み始める。
「あ......」
や......待って......
行かないで......
呆然と立ち尽くしていた私は、
「お母さんっ......!!」
道路脇の塀に邪魔され、すでに視線の先から消えた母の元に向かい、慌てて走り出した。
「待って! 待ってお母さんっ!!」
門に向かって必死で走った。
「待って!!行かないでっ!!」
門を飛び出し左の道に曲がると、母が乗ったタクシーが、無情にも遠ざかって行くのが見える。
やだっ、なんでっ......
「お母さんっ!!やだっ!!」
私は、みるみる小さくなるタクシーの後ろ姿を、無我夢中で追った。
「お母さんっ!!行かないでっ!!待ってっ!!」
タクシーは、スピードを緩める事なく、真っ直ぐな道をどんどん進んで行く。
やだっ......やだっ!!
「お母さんっ!!お母......あっ!」
母の名を叫びながら走っていた私は、もつれた足に、その場にドサッと倒れ込んだ。
痛っ......
手の平に、両膝に、アスファルトの硬い衝撃がビリビリと響く。
痛いっ......
痛いよっ......
私の目から溢れ出した涙が、乾いたアスファルトにポタポタとシミを作った。
や、やだっ、お母さん行っちゃうっ......
腕に力を込め、慌てて立ち上がろうとした時。
「広瀬っ......!!」
「......っ!」
間近に聞こえた声と同時に、私の身体が、後ろからきつく抱え込まれた。
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