祖母の毛布

1/1
前へ
/9ページ
次へ

祖母の毛布

ある日家に帰ると、祖母の部屋から声がした。恐る恐るスライドドアを開けると、部屋一面に毛布が広げられている。僕がただいま、と祖母に挨拶しても、祖母は若い男性と話を続けていた。 『ばあちゃん、どうしたの?』 と、僕が問いかけてみると、男がすかさず『布団のご紹介です』と答えた。『もう、そろそろ夕食時だよ』と、言い返すと、祖母はようやく男性に『そろそろ・・・』と退室を促した。しかし、それでも男性は退室しないので、僕は少し声を荒げて『ばあちゃん!』と叫んだ。すると、男は慌てて商品を片付け始めた。僕は腕を組み、じっとその様子を見ていた。 玄関の戸を開け家を出る時、その男はひとこと『ばあちゃん、幸せにしてもらいなよ』と捨てゼリフを残して去って行った。 何が幸せにして貰えだ! その時はとても腹が立った。年寄りしか居ない時に家に上がり込んで、高額な商品を売るというやり方が問題になっていた頃だ。祖母が引っかからなくて良かったと思った。たが、何故毛布にあんなに興味があったのか? それは後で分かった。 祖母が亡くなってから、母が部屋の遺品の整理をした時に、押し入れから毛布がたくさん出てきたらしい。その事を僕に話した時、僕は祖母が以前呟いていた言葉を思い出した。 『私が寝たきりになったら、汚い毛布は捨てて、新しいのを使って。毛布はたくさんあるから』 その言葉は、たくさん毛布があるから、ケチケチせず使ってくれ、ということではない。お前たちに嫌な思いをさせたくないから毛布はたくさん用意した。嫌がらずに面倒をみてくれ、という意味だったに違いない。同じ家族なのに、嫌がったりする訳ないに・・・。あの時、祖母の言葉をしっかり聞いていたなら、即座にそう答えただろう。だが、祖母は僕の心の底を見透かしていたに違いない。家族として、人として重い問題。我が家に布団を売りに来たあの男性の捨てゼリフが、最近になって頭から離れない。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加