【聖母マリア】

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.  ーーー 11月11日 ーーー  靖はユリアを迎えに車を走らせていた。  ユリアの自宅からマリアが見えると言う海岸までは、車で約二時間かかる。  本当にマリアは見えるのだろうか、靖は未だ半信半疑だった。  ユリアの澄んだ瞳に説得されたようなものだったからだ。  程なくして、ユリアの自宅に着いた。  ユリアは自宅の前の道路端に立っていた。  水色のダウンジャケットに黒いブーツ。 「お待たせ」  助手席のドアを内側から開ける靖。  ユリアはお辞儀をしながら車に乗り込んだ。  運転しながらユリアに向かって何気ない日常を話す靖。  その度にクスクスと、音の無い笑い声で笑うユリア。  そのあどけないユリアの仕草に靖は胸を締め付けられる思いだった。  ………音のないユリアに。  聖母マリアが見えると言う海岸に着いた。  穏やかな波が同じリズムで浜辺を行ったり来たりしていた。  ダークブルーの空と海。  満月が海面に反射して、キラキラと輝いている。  空を見上げるユリア。  そっと胸元で両手を編んだ。  靖もユリアの真似をする。  海面と空の狭間からオーロラにも似た揺れる明かりが立ち上りだした。  吸い込まれるような錯覚に陥る二人。  やがて、その明かりは一筋の線の明かりとなり、空に向かって真っ直ぐに昇り始めた。  昇り詰めた明かりの線は、空中で滝のような、流れる明かりに変わる。  そして、その滝のような明かりの中から、ゆっくりと聖母マリアが姿を現した。  両手を広げて、空に向かって微笑む聖母マリア。  靖はふと、ユリアの横顔に視線を移した。  涙が何度も頬を伝っている。  その一滴の涙が、胸元のペンダントに落ちた。  瞬間、ペンダントが光を放ち、聖母マリアへ向かって真っ直ぐに伸びて行く。  その光を優しく受けとめる聖母マリア。 「……マリアさま」  ユリアが音のある言葉を吐いた。  驚きの余り、言葉を失った靖はユリアの横顔を見つめていた。 「……マリアさま」  ユリアが声を放った……、  ……音のある声を。  靖の目から、遠慮なく涙が零れ落ちる。  鼻水も遠慮を忘れていた。  ーーー 聖母マリアよ、  あなたが流す涙は、  悲しみの涙ではなく……、  希望の涙だったんですね……  。ーーー  ダークブルーの秋空に祈りを捧げた。     ー 完 ー .
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