【聖母マリア】

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. 「てめぇ、そのきたねぇ手を離せ! 気持ちわりぃんだよ!」  必至で足を抱え込む男。  精一杯の力を出しているせいか、顔が硬直し真っ赤だった。 「調子にのるなこの野郎!」  そう叫びながら茶髪の男が勢い良く駆け寄って来た。 「お嬢さん! 行きなさい!」  隙を見て少女に向かって男が叫ぶ。 ーーー あっ、……マリア、さま……。   少女の胸元のペンダントに、聖母マリアが描かれているのを男は見た。  駆け寄って来た茶髪の男が必至で金髪の男の足を掴んでる男の背中目掛けて、かかとを勢い良く放った。 「ウッ、……あの子は喋れん……そっと……しといてやれ」  男は駆けて行く少女の後ろ姿を見届けると、そのまま気を失った。  深まりつつある秋空を、銀杏の黄色い葉が風に舞っていた。  男は気を失った夢の中で、聖母マリアが、駆けて行った少女を優しく抱き締める姿を見ていた。  【川端靖、五十七歳。関東大学院教授。非科学現象研究者】  靖は少女の存在を以前から知っていた。  大学院へ通う朝の電車の中で良く見掛けていたからだ。  お互い会話を交わしたことはなかった。  ある日、いつもの電車に乗っていた時の事だった。  突然、急ブレーキをかけた電車に身体を投げ出されたかのように、少女が靖の腰元に雪崩込んだ。  靖は咄嗟に少女の身体を抱え込んで、倒れるのを抑えたのだ。  その時だった。  少女が喋れないと知ったのは……。  丁度その時も、秋が深さを増し始めていた頃だった。 .
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