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「ミスター、今日は雪が降っています」
「ああ、寒いな、糞っ」
-教練前の助教と予備士官のやりとり-
//*//
真白い景色でした。あまりに白過ぎて、明るすぎて、そこが雪原だと気がつくのに随分と時間がかかりました。
「広いものですね」
私がそう言うと、卿は笑って雪除け眼鏡を外して雪原に目をやりました。長く降っていた雪はしばらく前に止んでいました。
「雪が積もっているからね」
卿がそう言うと濃い白い息がまるで生き物のように揺らめいて漂いました。
それがなんだか幻想的で、若くお美しい卿が一幅の絵のように思えたのです。
「雪溶けが始まれば、もっと起伏がはっきりするだろう」
「足場が悪いのですか?けれど、ここで会戦をなさるのでしょう?」
「その様に想定しているね。私の軍師殿は」
「さあさあ、お身体が冷えます。中へお戻り下さい」
そう馬車から声をかけたのは、卿の軍務の副官殿でした。
「それに、ご婦人に軍議をお話ししては退屈でしょう」
副官のバニン殿は少し太った小柄な人で気の優しいお人。
けれど、私を子供扱いするし、女だからと言って丁寧に扱いすぎる。
それが、心からの善意と分かっているから無碍にも出来ない。けれど、
「それは、世の婦人の多くはそうでしょうけど、私は違います。次の戦争では娘子軍(じょうしぐん)の一軍を任せられるのですよ?」
バニン殿は酷く困った顔をした後、申し訳ありません、と頭を掻いて笑いました。
馬車へ戻った私達は、雪ネズミのコートを脱ぎ、懐炉を取り替えて御者に領城へ……今はそこが、前線指揮所なのです……戻るよう指示し、バニン殿の所見を聞きました。
「冬の間は、平原を超えられませんな。あそこを越えてもその先にはヤハノ海峡があります」
「船は用意出来ませんか?」
「兵を運んでも、糧食などを運ぶのが苦労です。長く陣をひくのは無理でしょう」
バニン殿は言いながらも、何かを気にしているようでした。
それが、次の御前会議のことを考えているというのは、私にも分かりました。
卿は従卒にコートを渡しながら、口を開きました。
「だが、シュトライゼンがなんと言うかな?」
卿の悪戯っぽいこの時の笑みの意味を知るのは、大分後の事でした。
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