1人が本棚に入れています
本棚に追加
パーン!
――と弾ける音がこだまを鳴らした。
同時に彼女の足元の雪が舞いあがり、笑っていた彼女の表情が途端に引き締まる。
もう一撃銃声が鳴り、彼女が後ろに跳び退るとそれを追うように雪塊が散った。
「無事ですか、オーストリアさん!」
雪を蹴りながら颯爽と現れたのは鹿毛の騎馬。
その背から銃を構えた青年が乙女の名を呼んだ。
微動だにしない乙女の頭上を飛び越え、その姿を敵から隠すように青年が彼女の前に立ちはだかる。
青年の姿を見とめるやいなや、虹色の眼を鋭く光らせた彼女は忌々しそうに舌打ちを零した。
「出たな、女男……っ!」
若草色の外套を纏い、亜麻色の長い髪を結紐で一つに束ねた青年。
彼もまた、国の名を戴くこの二人と同じ命の理の元に存在してる者であり、乙女と血統を同じくする王を据える国―――
――ハンガリー――
細面でありながら、青年の怒りを燃やすジェードの瞳は獣のような威圧を放ち、それを正面からぶつけられた彼女はブルリと体を震わせそして
鋭い笑みを浮かべた。
「────っ…!」
その笑みに縛られ、青年の背に寒気が走る。
乙女に向けていたそれとは違う種類の彼女の笑み──血の温度が増したのか紅が強く輝く瞳を大きくして、口角を吊り上げ歯を見せ笑うその表情(かお)は、まるで獲物を見つけた銀狼を思わせた。
威押されるかと奥歯を噛み、青年はドラグーン・マスケット銃の照準を敵国の化身たる彼女へと合わせる。
「この場は退きます、オーストリアさん!早く馬へ!」
視線はけして彼女から逸らさず、青年は背後の乙女にそう促した。
しかし、乙女からの返答は無く、そればかりか動こうとする気配が微塵も感じられない。
(……―――チッ!)
振り向きたいが、今、一瞬でも彼女から目を離してしまえば隙を与える事になると、青年はそれを堪えてもう一度呼んだ。
「オーストリアさんっ!!」
それでも、やはり乙女は動かない。
次第に焦りが濃くなる青年の姿を見て、彼女はまた、いや、今度はアハ…と声を出してあからさまに笑っていた。
(…あの女ぁ…っ!)
沸き上がる怒りのままに、青年は再び引金に掛かる指に力を込めた。
最初のコメントを投稿しよう!