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しかし、その引金が引かれる直前、青年は息を飲む。
彼女の背後より現れた、迫りくる影に気付いたのだ。
ザクザクと揃い、雪を踏む音が段々と近くなる黒い波、それは
(プロイセン軍竜騎連隊――!)
もう来たのかよっ―――と、青年は憤り潰すように歯を食いしばる。
哨戒兵が連絡時刻に一人も戻らないのを訝り斥候に出た青年は、敵軍が鼻先にまで迫っている事実を目の当たりにし、急ぎ乙女の元へと駆けた。
しかし、休息日としていたこの日に予期せぬ襲撃を受けたオーストリア軍は、隊の編成もままならず混乱に陥っていたのだ。
混乱の中、宿敵と対峙している乙女を見つけて心臓が撥ねた。
乙女は、彼女と戦えない。
だからそれは自分の役目と、誓いを立てて戦に赴いたはずなのに、まさかこんな所で遭遇を許すなんてと、一瞬で満ちた怒りに躊躇いなく引金は引かれた。
しかし、その怒りの所為で照準が狂ってしまったらしい。
2発の銃弾をかすらせもできなかった未熟さに青年は歯を食いしばる。
彼女に当ててさえいれば、彼奴らの足並みを崩す事くらいはできただろうにと。
このまま乙女を狙い撃ちにさせる訳にはいかない
―――青年は彼女へ背を向けるのを覚悟で手綱を引き乙女の方へと振り返った。
「オーストリ…!?」
青年は、愕然とする。
そこにあったのは、生気を失って立ち尽くす乙女の表情(かお)。
この世のどんな宝石よりも美しいはずのアメジストの瞳は輝きを失い、その淵からただただ溢れ続ける涙が、乙女の頬をなぞる様に結晶を作り始めていた。
それでも、乙女はその涙を拭おうともしていない。
「オーストリアさん!」
思わず馬の背から飛び降り、青年は乙女へ駆け寄ってその肩を掴んで揺すった。
それでも、乙女の意識は『こちら』へ戻って来ない。
まるで現実を手放そうとしている乙女の瞬きもしない陰った瞳のその先に、何があるのかと気づいた青年は、右手を振り上げ勢いよく乙女の頬をパンと張った。
「しっかりしてくれよ、Reich!!」
青年は悔しかった。
青年は、歯がゆくてしかたなかった。
こみ上げる想いと、振るった右手の異様な痛さに吐き気がしていた。
(なんでだよ…っ)
あれは敵にしかならないのに
貴女を守れるのは俺なのに
俺が貴女を守るのに
でも貴女の
貴女の一番大事な所は
あれに奪われて囚われる事を拒みもしない―――
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