逃げ出した日

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見慣れた靴と見慣れない靴が並んで揃えてある。 その光景に叶途綺(カノウ トキ)はそっと溜息を吐いた。 またか、と小さく呟いて。 恋人である市ノ瀬軽(イチノセ ケイ)が浮気をするのは、もう何度目だろう。 最初は止めてくれ、と泣いて頼んだが、三度目以降からは止めた。 誰かを家に連れ込む辺りになると数えるのさえ、止めた。 「…っ、」 不意に胸が張り裂けそうな痛みに襲われ、思わず胸元を強く握り締める。 この痛みにも、もう慣れた。 途綺は目を閉じて、何度か深呼吸をすると立ち尽くしたままだった玄関から中に入った。 扉越しに聞こえる男とも女ともとれる嬌声に聞こえなかったフリをして、自室に入る。 鞄を手に取ると何枚かの下着、財布、通帳、携帯、充電器を乱雑に詰め込み、リビングへ。 「………」 左手の薬指に嵌められたシルバーリングを外すとそっとリビングの机の上に置く。 その隣には、この部屋の合い鍵を。 零れ落ちそうになる涙を拭い、軽の部屋を見る。 「…さよなら」 小さな、小さな声で、そう呟くと途綺は音も無く、部屋を後にした。
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