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喜びを溢れさせる娘に、父フランツⅠ世もご満悦だ。
また、皇室一家は芸術にも多大な関心を示していた。バレエやオペラなど、時には家族が演者となって発表会を催す程にである。
この日も、テレジアたっての希望により、噂の音楽家を招いての御前演奏会が予定された。正確に言えば、噂となっているのはヴァイオリン奏者の音楽家ではなく、神童と謳われる年幼い息子の方であった。
その幼い息子が、どれ程の才能を持つのか、テレジアは楽しみで仕方がないのだ。
父のヴァイオリン演奏に続き、いよいよ注目の幼きピアニストが登場する。あどけない顔立ちに、覚束ない足下、何処にでもいる極々普通の子供と大差はない。果たして、彼はどんな演奏を聴かせてくれるのか。
ところが、そんな心配も演奏が始まるとすぐに払拭された。
小さな指先が奏でる旋律は、とても幼子の演奏とは思えない美しいメロディーを紡ぎ出す。
何とも心地のよい音色に、アントニアだけではなく、父フランツⅠ世や母のテレジア、兄妹達までもが、この神童の演奏に聴き惚れてしまう。
喝采の中、演奏を終えた小さなピアニストは、会釈をしてその場を離れようとした。途端、磨き上げの床に足を滑らせ、転倒してしまう。そんな彼に、アントニアは歩み寄り手を差し伸べる。
「──大丈夫?」
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