≪皇女アントニア≫

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 ウィーン地方独特の言い回しに『人を指に巻く』と云うのものがある。  例えるならば“他人を思いのままに操る”と言ったニュアンスであろう。  そんな『人を指に巻く』魅力に溢れる少女がいた──  その少女は歯並びも悪く、取り分けて整った顔立ちをしていた訳ではなかったが、不思議と人々を惹き付けてやまなかった。  美しく大きな碧い瞳、愛くるしいまでの笑顔、フワリと柔らかな煌めくブロンドの髪、そして白く透き通るような艶やかできめ細やかな肌、それに加え幼い少女とは思えない程の気品に満ちた優雅な佇まいが、尚一層と彼女を魅力的に際立たせる。  まさしく『人を指に巻く娘』と言われる程、誰もが彼女に魅了され、虜となった。  マリア=アントニア=ヨゼファ=ヨハンナ=フォン=ハプスブルグ=ロートリンゲン、それが少女の名である。神聖ローマ皇帝フランツⅠ世シュテファンと、その后マリア=テレジア十一番目の娘として、一七五五年十一月二日に皇女アントニアは首都ウィーンの中心部に位置する王宮ホーフブルク宮殿で生を受けたのだった。  神聖ローマ帝国皇室であるハプスブルグ家は、家族の“和”を大変に重んじており、大勢いる兄弟は皆、分け隔てなく大切に育てられた。  特にアントニアは、末の娘と言う事もあり、ことさら母マリア=テレジアの愛情を受けて天真爛漫に育った。 「あぁ、何と美しく咲き誇る花達なのでしょう!」  シェーンブルン宮殿の庭園を見渡し、アントニアは思わず感嘆の声を上げる。
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