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「……彼の事なの?」
と柚香が訊いてくる。俺は溜め息を吐いて、頷く。
嫌な沈黙
「………、ぁたしは、帰る」
沈黙を破ったさやかが帰ろうとした時、
「私達は逃げられないのよ。彼からは」
ぽつりと柚香が呟いて、さやかが止まる。
「ずっと音沙汰もなかった貴方が、一昨日、彼の命日に集まろうとメールをしてきた時に、彼の事だって思った。私達はちゃんと終わらせる必要があるんでしょう?」
彼女の目は鋭く、俺の内側を窺っていた。
「……ああ」
俺の目もそうだろうと、思う。
さやかが俺達に向き直る。覚悟を決めたみたいな表情だった。
この中の誰かが、彼…アイツを……高良 夢人(たから むと)を殺した。もしくは彼を自殺に追い込んだに違いないんだ。それが、誰なのか、俺達は知っていなきゃいけない。
ごくりと唾を飲み、現状を思い出す。
「俺の家で続きは話そう」
歩き始めると二人とも静かに付いて来た。
ビニール傘を通して、空を仰ぐ。鉛の様に重い雲が立ち込めていた。
駅から十五分の所に俺の住んでいるマンションはある。
「何? もしかして、豪って、一人暮らしなの??」
オートロックを開けていると、さやかが訊いてくる。
「ああ。実家からだと少し遠くなるからな」
俺が通う私立高校は実家からだと二時間かかる。だから、俺は一人暮らしを選んだ。というのは建前でしかない。
「マジで? なんかカッコいいじゃん」
はしゃぐ、さやかに対して
「……」
柚香は沈黙を返す。
『貴方は逃げたかっただけでしょ? 私達から。そして彼から』
俺を見るその目は、そう責めているようで、目を反らす。
先に立って、谷と言うプレートがかかった扉の前で立ち止まり、鍵を出し、解錠した。冷えきった手の手汗を拭い、一回息を吐く。
――もう、後には退けない。
虎穴に飛び込む様な覚悟を決めて、扉を開けた。
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