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物思いに耽る男を大抵の社員達は無視してゆくも、それを許さぬ人物もこの雑誌社には存在した。
デスクに囲まれながら会社の意志とは無関係な事をする男の元へと靴音が様々な音を裂いて鳴り響く。
それは重々しく、態と室内の人間達全員の鼓膜を揺らす昭和に在った軍靴のようだった。
社員はその音に畏怖し、そそくさとその場を去る者が大半なのだが、物思いに耽ている男は意に返さず地蔵のように腰を据えたままであった。
「おい、二階堂。何故御前は仕事をしない。周りの奴らは休む暇も無くそこら中を歩いているぞ。何とも思わんのか。」
軍靴が男の直ぐ近くまで来ると立ち止まり、持ち主である強面の40代から50代の男は、体格から容易に予想出来る低く身体の芯へと響く声で、注意を促す。
だが、そんな事で改める男なら周りに合わせ忙しそうに仕事を進める筈で、声に反応し俯き気味の顔の表情を真剣な物から、だらしの無い他人を小馬鹿にしているように写る笑みを浮かべて視線を合わせた。
「いやいや、ちゃあんと仕事はしていますよ。前回だって締め切りには充分間に合って居たでしょう? 私はね、今日の取材を遠足前の子供と同じ気分でドキドキして待っているんですよ。」
「なら、さっさと外回りに行かんか。此処で穀潰しになるよりは余程有意義な行為だ。」
「今言ったじゃありませんか。私は待っているのだと。ちゃあんと時間になったら行きますよ。急かさなくてもいいでしょうに。」
男の言う事は全て真実で有り、会社に居る殆どの時間を無駄に浪費しているかと思えば、毎回毎回締め切りまでに担当する都市伝説やオカルトを扱うページ部分を完成させて来る。
しかもこれがなかなか評判なのだから始末が悪い。寧ろ評判が悪いものなら容赦無くこき使うか、クビにさせる所だ。
その為に現在注意している初老の男性にとっては目の前の男がストレスの種となっている。
初老の男性が親の仇を恨めしそうに睨む時と相違ない鋭い眼光を宿す視線を送ろうとも、男は一向に態度を変えない。
それもその筈、自分自身には何処も落ち度が無いだろうと言わんばかりの堂々とした笑み。そして会社勤めとは思えぬ格好をする男に、注意する事は馬の耳に念仏だと言うのに、初老の男性は食い下がる。
「御前のような奴が居ると社内の規律が乱れる。それに社会人としてまともな格好をせんのは如何せん問題なのだ。」
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