影女 1

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 労働態度に不平を申す男に月刊誌のオカルト部門を担当する二階堂 禅【ニカイドウ ゼン】は子供の稚拙な落書きにも似た笑みを浮かべる。 「いいじゃないですか。服装なんてどうでも。私は只の記者なんですから、ピシャリとしたスーツなんて似合いませんよ。人の不幸を種に飯を食う輩が着飾っても畜生にも劣る事は変わりません。」  己の身を射抜こうと飛来する言葉の矢を避ける姿には焦りは無く、狂言回しの如く言葉は連なる。 「それにもう諦めて下さいよ。私はこういう人間なんです。そんなに邪魔ならクビにした方が身のためだ。阿武隈【アブクマ】編集長。」  名を呼ばれた編集長である阿武隈 総次郎は、定年退職すら間近の年齢であるにも関わらず、筋骨隆々なその逞しい姿で、今にも二階堂の首根っこを捕まえて握り潰さんとする覇気を体外へと迸らせて怒号を放つ。 「俺は御前の親父から頼まれて仕方無くこの会社に就職させてやったのだ。御前の面倒を見て欲しいとな!! 親父の心遣いを解ってやらんのか、馬鹿息子が!!」  建物が揺れる錯覚を覚える程の怒号に忙しなく働く社員は一斉に仕事を止めてしまう。  その社員達の視線が向かう先は当然その二人であり、火中の二階堂は刺さる視線を物ともせず、口を開く。 「親父も言っていたでしょう。私達は服装はこれしか着られないのだと。親父の親友の阿武隈さんには悪いですが、私は一生涯着続けますよ。何処でもね。」  まるで一族にかけられた呪いなのだと大層に告げる言葉も、迷信やオカルトを信じぬ阿武隈にとっては逃走する為の虚言に過ぎぬと切り捨てる。 「ふん。それは御前達が勝手に思い込んどるだけだ。そんなもの直ぐに俺が治してやる。その様に御前の親父と約束したのだからな。」  オカルト記事を書かせる編集長が堅物ではお話に成らないと、皮肉地味た笑いを密かに零す二階堂は時計を一瞥して、作り物の地面へと立ち上がった。  阿武隈は直ぐ様、この場から逃がさぬ為に鋭い言葉の槍で突き刺し捕らえようとする最中、二階堂は静かに首を振った。 「阿武隈編集長。残念ながらお時間ですので、これで。」 「二階堂! 何の用事も無く出て行く事は俺が許さんぞ!」  槍を構えていたと言うのに、邪魔をされ若干態勢を崩した阿武隈は、説教は終わらないと食い下がるが、当の本人の二階堂の様子に変化無く時計を指差す。
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