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「はー…っ、こんな夜中に見回りなんて、ついてないなぁ俺も」
村の若い男が、冷気で満たされた真夜中特有の空気を遮りながら呟く。
自らの父親に村の見回りに行けと言われ出てきてみたが…予想をしていた通り異常は何も無い。
先の戦の関ヶ原―――その戦の前に、奥州を蹂躙しようとした悪鬼…凶王石田三成が各地を襲った事件。
……それと酷似することが起きないように。
それが理由らしい。
杞憂かとも思ったが…父親が述べた理由は一理ある。
自分だって命は惜しいし、何より家族は大切だ。
それを守る為の行動なら悪くはないと思えた。
―――パキッ
「―――誰だ!」
護身用に持っていた小刀に手をかけ、全方位に神経を集中させる。
丑の刻、闇がより一層深くなる中で現れたのは。
「………見回りか」
「……っ!?…!?政宗様っ!?」
思わず構えた小刀を落としそうになる。
闇の中から現れた人物、………目を疑った。だが、何度確認しようともそこにいるのは、自分の眼前にいるのは奥州の王――――伊達政宗その人だった。
「な、何故政宗様がこのような農村に……い、いいや、この時間帯にこんな所にいるのは危険すぎます!」
「………………」
「ひとまずは城にお戻り――――」
ください、と二の次を告げることは出来なかった。
声をかけた方向に、自分の眼前に立つ政宗の雰囲気、顔立ちに異様な気配を感じたからだ。
――薄い白の着流し姿
――伏すように俯かれた顔
――その顔が、青年の声に導かれるように上げられた
―――――生気が感じられないその顔と相対的な、血のような、紅い赤い、双眼を宿して
「ま、さむね……様?」
「…………………」
返答は無い。
―――怖い。
気圧される、なんて可愛いものではない。
身体全体から拒否反応を示す程、芯が凍る程の―――本能的な、恐怖。
「………なぁ」
「……ッ…ひぃ!!」
逃げろ、と本能が叫ぶのに動けない。
一歩。また一歩と。
紅い双眼を宿したものと、青年の距離が縮まる。
そして、掛けられる。
――――死への誘惑
「――俺と、弄(あそ)んでくれ。この身体を」
『抱け』
二重の声。
その誘惑が、総ての始まり――。
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