闇夜の誘惑

2/3
前へ
/13ページ
次へ
「はー…っ、こんな夜中に見回りなんて、ついてないなぁ俺も」 村の若い男が、冷気で満たされた真夜中特有の空気を遮りながら呟く。 自らの父親に村の見回りに行けと言われ出てきてみたが…予想をしていた通り異常は何も無い。 先の戦の関ヶ原―――その戦の前に、奥州を蹂躙しようとした悪鬼…凶王石田三成が各地を襲った事件。 ……それと酷似することが起きないように。 それが理由らしい。 杞憂かとも思ったが…父親が述べた理由は一理ある。 自分だって命は惜しいし、何より家族は大切だ。 それを守る為の行動なら悪くはないと思えた。 ―――パキッ 「―――誰だ!」 護身用に持っていた小刀に手をかけ、全方位に神経を集中させる。 丑の刻、闇がより一層深くなる中で現れたのは。 「………見回りか」 「……っ!?…!?政宗様っ!?」 思わず構えた小刀を落としそうになる。 闇の中から現れた人物、………目を疑った。だが、何度確認しようともそこにいるのは、自分の眼前にいるのは奥州の王――――伊達政宗その人だった。 「な、何故政宗様がこのような農村に……い、いいや、この時間帯にこんな所にいるのは危険すぎます!」 「………………」 「ひとまずは城にお戻り――――」 ください、と二の次を告げることは出来なかった。 声をかけた方向に、自分の眼前に立つ政宗の雰囲気、顔立ちに異様な気配を感じたからだ。 ――薄い白の着流し姿 ――伏すように俯かれた顔 ――その顔が、青年の声に導かれるように上げられた ―――――生気が感じられないその顔と相対的な、血のような、紅い赤い、双眼を宿して 「ま、さむね……様?」 「…………………」 返答は無い。 ―――怖い。 気圧される、なんて可愛いものではない。 身体全体から拒否反応を示す程、芯が凍る程の―――本能的な、恐怖。 「………なぁ」 「……ッ…ひぃ!!」 逃げろ、と本能が叫ぶのに動けない。 一歩。また一歩と。 紅い双眼を宿したものと、青年の距離が縮まる。 そして、掛けられる。 ――――死への誘惑 「――俺と、弄(あそ)んでくれ。この身体を」 『抱け』 二重の声。 その誘惑が、総ての始まり――。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加