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「伊東ナズナです。ここに来る前は江戸にいました」
女は抑揚の無い喋り方で名乗った。
「あ。金谷竜也(カナヤタツヤ)です。僕も江戸にいました」
男の方は先程から貼り付けたままの笑顔でへらへらとしている。
それよりも、
「武家か何かか?その名字は正式なものか?」
確かに妙な形だがみすぼらしいわけではなく、むしろ上等な生地で作られた着物を見れば卑しい身分には見えない。
知らずに下手な事をすればこちらの首が飛びかねないのだ。
「先の世には武家も何もありません。名字は皆あります」
女改め、伊東は淡々と言う。
「……武士が、いないのか?」
先の世からと言うのを信じた訳ではないが、何とも言えない心の臓へ重みを感じた。
武士がいなくなると言うことなのだろうか。
「はい。150年もの時が経てば当然の事でしょう」
(当然だと!?)
俺はこの女を捻り潰してやりたい衝動に駆られたが、ふと、隣に座る近藤さんの顔を見て言い返すのを止めた。
近藤さんは、ただただ真剣な眼差しで伊東を真っ直ぐ見つめていた。
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