言えなかった言葉

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   緑雨に降られた後のような青々とした香りが立ち込める停留所。寂れた町の寂れたバス停には、乗客もまばらな所どころ塗装の剥げたバスが二時間に一本走っている。  ある意味集客の努力を諦めたかのようなバスをその腕一つで動かす運転手も、定年までまもなくといった風体のご老人で、彼の知る限り運転席に座る人物はそのご老人以外見た事がない。二十二年この方ずっとだ。  そんな人の出入りも少ない町で育った彼だが、都会への憧れのようなものは無い。幼少の頃から同じ顔を突き合わせて育ってきた子供たちも同じだった。  こんな小さな町だ。若い衆がこの土地を離れれば衰退の一途を辿ることは子供にでも分かる。秋になれば町の若者を総動員して稲刈りをするのが決まりで、この町の行事という行事には男も女も無く参加するのが当たり前だった。  秋に稲刈りを控えたそんな季節。夏も終盤に差し掛かろうかという時期のこの町は、いつもより少し浮かれた雰囲気に包まれていた。  町の北西に建つ神社で夏祭りが催されるのだ。子供たちはお囃子に心躍らせ、大人も盆踊りや祭り太鼓の練習に余念が無い。  バス停から程近い神社の活気が風に乗って聞こえ、修平は少し濁った瞳をそちらに向けた。神社と言っても小さなもので、屋台などは境内よりも寧ろ舗装もろくにされていない道路にズラッと並んでいる。流石にバスの運行に支障が出るので停留所の近くまで乗り出しては来ないが、その分だけ町の中心部へ続く道には人込みが出来ていた。  活気から縁遠い停留所には彼以外の人影は無い。待合室の無いバス停に、間に合わせで設置された手作りのベンチに腰掛ける修平の姿は、遊園地や動物園で迷子になった子供のようだった。  夕陽に照らされた修平の横顔に赤みが差し、膝の上で結んだ手にはじっとりと汗が滲んでいく。日除けにと設けられた薄い屋根には、日除け以外の効果は期待できないらしい。せめて風鈴でもぶら下げておけば、精神的には少しぐらい涼しいのかもしれないが、利用者も少なく、夏限定となると管理側も設置が面倒だという結論に至ったのだろう。  確かにその通りだし気持ちも分かるが、これでは修行僧の苦行だ。などと文句を吐いたところで何が変わる訳でもなく、刺すような熱に耐える以外に選択肢が在る訳でもない。修平は脇に置いていたミネラルウォーターを少し口に含んで、体温の調整を図った。
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