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間抜けな空気の放出音に続き、扉のスライドする音が空虚な停留所に悲しく響いた。時刻は十八時。本日六本目のバスが虫食いだらけの青いベンチに向けて重い口を開いた。
クリーム色をメインに橙のラインを引いたシンプルなデザインのバスだ。田舎を走るバスなだけあって、都会を走るバスに比べると随分幼く見える。それでもバスはバスだ。運転席のご老人の操作で開かれた乗車口は、彼だけの為に開かれている。
それでも修平は動かない。これではないと言うかのように肩を落としただけである。
いつまでもベンチに腰掛けたまま立ち上がろうとしない青年に向かって、老人は声を掛けた。
「今日もかね?」
しわがれた中にも温和さが混じったその声に、顔を上げた修平は曖昧に頷いて一言だけ漏らした。
「ええ。もう四年になります」
彼がここに通い始めて既に四年の歳月が過ぎている。十八時になると必ず停留所のベンチに座っているものだから、老人は幽霊か何かだと危惧していたらしい。それも初めの一ヶ月で誤解は解けた。
この世の終わりを悟った風な表情の修平を心配して、老人が声を掛けたのだ。それからは毎日こうして二言三言声を掛けてくれるようになった。老人としても、片道に四十分強かけて市内との道を往復しているのだから、修平は唯一の話し相手で彼との会話が唯一の娯楽とも呼べる。そんな理由もあって、親身に話を聞いてくれた。
今となっては町の誰よりも彼の心内を理解しているかもしれない。そうして気に掛けてくれるお陰で彼は未だに挫けずにいられる。
「それじゃ、暑いから熱中症には気をつけて」
やはり間抜けな音を引き連れて扉が閉まる。運転席で柔らかい笑顔を向ける老人が遠ざかったのを確認して、修平は一つ息を吐いた。
西日が射して鮮やかに燃える若葉。停留所前の道路の向こう側には畑が広がり、一面を覆う赤い稲穂の海が物悲しさを彼の心に伝える。
そんな中で懸命に鳴き続けるヒグラシの合唱を背に、彼は深く長い息を吐きながら空の顔色を窺った。
「ほら、行くよ?」
そう言って差し出された手を彼は深く考えずに握る。その柔らかさに、改めて幼馴染が女の子である事を彼は意識した。
全校生徒が百人に満たない小さな高校に入学した年の夏。今までと同じように夏祭りの約束をし、今までと同じように待ち合わせた二人の関係は“ただの”幼馴染の筈だった。
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