言えなかった言葉

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   夏祭りという数少ない娯楽イベントを前に、修平の心は躍っている……はずもなく、先ほど生まれた僅かな感情の揺れをどう鎮めるべきか、自問自答を繰り返していた。繋いだ手はそのままである。  待ち合わせをしていた商店街の入り口は、ずらりと並んだ出店の先端で、二人の後ろに出店の類は無い。在るのは人の波だけ。それも一様に笑顔を浮かべている。  智美の表情も笑顔なだけに、彼のぎこちない笑顔は酷く薄っぺらに思えた。  彼女の下駄が奏でる軽い音色。それが智美の感情を物語るように鳴る。スキップでも始めそうな彼女の横顔に修平の視線は釘付けだ。  ほんの数日前までは見詰め合う事も平気だったのだが、今は横顔を自然を装って窺うのが精一杯である。この心の変わり様が、修平の動揺を大きくさせていた。  生まれて初めての感情なのだ。彼が困惑するのも無理はない。その相手が幼馴染である事も大きく関係しているだろう。ただ、それは嫌な感覚ではなく、寧ろ心が温かくなる感覚だ。それをなんとなく理解できているから彼は頭を悩ませていた。  物心ついた時から共に過ごしてきたのだから、智美の嫌な部分も当然知っている。しかし、それよりも良い所を多く知っているからこそ、十六年間その手を離さなかったのだ。  そんな絶対的な信頼が恋愛感情に変わったとしても、不思議ではない。  修平が内心で鍔迫り合いを交わしている最中、智美は出店の一つを指差して声を上げた。 「毎年恒例の金魚掬いたいかい~!」  なんとも間延びした気の抜ける声である。普段からおっとりした雰囲気の女性ではあるが、この日の彼女は普段の二割り増しで気を抜いている。それだけ修平に気を許しているとも取れるが、参加者が二人だけの大会を本気で開こうとするものだから、付き合わされる彼にとってはいい迷惑でしかない。  迷惑だと思いつつも彼女に付き合う辺りが彼の良い部分であり、二人の間では当たり前の光景である。修平が智美の提案を断る可能性なんて彼女は考えてもいないし、そんな当たり前を敢えて言葉にするつもりも修平は無かった。
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