3人が本棚に入れています
本棚に追加
赤も黒も関係なく金魚を救い――もとい掬い倒すという標語を掲げた二人だったが、勢いだけで金魚を掬えるはずもない。修平の手に握られたポイは二匹の金魚を器に運ぶと、老いて職を退く老人のように僅かな名残惜しさを残して役目を終えた。智美に与えられた器に金魚の姿は無く、穴を穿たれたプラスチックの輪っかを覗き込んだ大きな瞳は今にも泣き出しそうだ。
「智美? 次はどんな対決をするんだ?」
そんな智美の姿に気付いて修平は次の勝負に水を向ける。
「ふぇ? じゃあ次は……アレ」
僅かに逡巡した後、勢いよく指差したのは射的の屋台だった。修平は小さく肩を落とす。
智美は器用な性格ではないので、射的や金魚すくいのような勝負事は本来苦手とするのだ。金魚すくいに関しては、生まれてこの方一度たりとも成功していない。修平の態度は、それを知っているからこそのものであった。
祭りの雰囲気とは不思議なもので、一度飛び込んでしまえば、智美に対して抱いていたどこへ向ければいいのか分からない感情も、形を潜めていた。もちろん視線を合わせられないのは変わらないが……。それでも修平にとって、少しは気が楽になる事実だ。
先程まで眼に涙を浮かべていた智美だったが、今はご機嫌な様子で射的の屋台に向かっている。金魚すくいの屋台では、金魚を掬えなかった子にはプレゼントと称して一匹だけサービスしてくれる場合がある。どうやらそのサービスに満足して涙は引っ込んだようだ。
そもそも智美は昔から涙腺が極端に脆く、大した事でもないのに涙を流す。良くも悪くも子供のような感性の持ち主なのだ。
「おじさん二人分ね」
黒のタンクトップと手ぬぐいを頭に巻いたいかにもオヤジですといった風体の店主は、修平が差し出した二人分の硬貨を受け取ると、修平と智美を交互に見て納得という風に口角を吊り上げた。
「彼女の前で良い所見せないとな、少年!」
「私たち別に付き合ってる訳じゃないですよ。ねぇ修ちゃん?」
「あ、ああ……うん」
そう答えた修平の笑顔は少し引き攣っていた。
「なるほど、今夜の花火がクライマックスに突入したら告白するアベック予備群って訳かい」
オヤジの言葉に曖昧な相槌を返す修平。アベックなんて言葉は死語ですと返す事すらできなかった。
最初のコメントを投稿しよう!