言えなかった言葉

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   コルク栓の飛び出す音がほぼ同時に二つ鳴った。射的用の弾丸は各々目的の景品への射線を忠実に描く。片方の弾は可愛らしいぬいぐるみに命中してそれを後ろに落としたが、もう片方は景品への道を少し逸れて空を切った。  火縄銃を模した射的用の銃は、火薬を使わないために安っぽい造りになっている物が多い。特に銃身は歪みが生じ易く、その小さな歪みが微妙に弾道を狂わせるのだ。智美の選んだ銃はまさにその典型で、よく眼を凝らせば銃身の歪みは一目瞭然だった。  そんな知識を持たない智美が銃の良し悪しを判別できるはずもなく、修平が一丁ずつ品定めしているのを横でぼんやりと眺めていただけの智美が、この勝負に負ける事は自明の理であった。 「ほらよ少年!」  修平が見事に仕留めた獲物――と言っても可愛らしい猫を模したぬいぐるみだが――をゴツゴツと筋張った手で差し出してきた屋台のオヤジは、なにやら悟った風にニヤリと微笑を浮かべる。そんなオヤジの仕草に修平は少々気後れしつつ、落胆する智美に景品のぬいぐるみを手渡した。  この時点で、オヤジの想像というか妄想通りに事が運んでいる気がしなくもないが、そういう余計な事はこの際どうでもいい。修平にとって変な勘繰りをされるよりも、智美の笑顔が見たいのだ。  今にも泣き出しそうな智美を笑顔にする方法を彼は心得ている。小学生の時にも同じような事があった。その時もやはり勝てもしない勝負を挑んだ智美であったが、修平の小遣いを半分ほど使って手に入れたわたあめ一つで泣き止んだのである。  それからは智美が喜びそうな物を献上するという機嫌の取り方を実践している。今となっては、そんな献上品を目当てに勝負を挑んでいる節すらあるのが悩みの種だった。  こうして高校一年の夏は過ぎていった。      二年後。修平たち三年生は進学や就職を控える身になっていた。  修平は地元の工務店への就職を視野に入れて就職活動に励んでいたが、智美は未だに自分の道を決めかねていた。  だからといって別段焦る必要はない。そんな修平の言葉に頷きつつも、周りの友人が進学一色、就職一色に染まっていく様は智美の心を逸らせた。  
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