言えなかった言葉

9/13
前へ
/13ページ
次へ
   子供の頃かくれんぼをしている時に偶然見つけた場所で、幼い頃の二人にとって秘密基地のような物だった。それが今では花火を眺めるには最適の場所になっている。幼少の頃の修平たちは背の高い草が邪魔で花火を拝むことは出来なかったが、今ではその頃の身長の倍以上ある。    林道を少し進んで開けた場所に出る。そこが修平たちの秘密基地だ。  長くなった雑草を踏み締めるガサガサという音が耳朶に触れ、草の匂いを運んで来た風が足元の笹百合を撫でる。白い花弁と、笹に似た葉が時々揺れるのを一瞥して、修平は夜空を見上げた。  雲ひとつ無い空はまるで、炎の花を引き立たせる為にその身を捧げたとでも言うようにその身を誇る。墨を流したかのような漆黒が様々な色を抱きかかえる姿は確かに荘厳だった。  人々が夜空の美しさに感嘆の声を漏らしている頃、淑やかに揺れる笹百合に見守られながら修平はゆっくりと口を開いた。 「あのさ智美――」 「修ちゃん。……話があるの」  修平の言葉を遮るように智美が声を放つ。普段の声音よりも僅かにトーンを落とした声に修平は振り向いた。珍しく表情を引き締めた智美は修平の眼から視線を外さずに続けた。 「私ね。上京する事に決めたよ。ファッションデザイン学科のある大学を受験するの。ホントだったら修ちゃんにはもっと早く教えるべきだったんだけど、なかなか言い出せなくて……」  そこまで言われて漸く智美の様子がおかしかった理由に気付いた。進路を決められずに悩んでいたのではなく、修平に打ち明けられなくて悩んでいたのだ。そんな事にも気付けなかった自分の馬鹿さ加減に修平は呆れる。  智美の性格を誰よりも理解している自信があった。けれどそれから眼を逸らしたのは、心のどこかで智美の意思を悟っていたからかもしれない。  服飾系の仕事に就きたいというのは、智美が幼い時分から言い続けていた事だった。毎年のように浴衣を新調しては感想を求めてきたのを憶えていたし、何よりも智美にはセンスがあるのか彼女の服装は人の目を引く。  ただ、二人の関係は今までも、そしてこれからも変わることは無いと信じていただけに、上京という言葉は修平の心を大きく揺らした。  背筋や額を流れる汗は空気の温さから来る物ではないだろう。そんな汗が修平の首筋を伝って地面に落ちた。  
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加