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「あら、薫。こんなところでヘッドスライディングしてどうしたの?」
「どうしたの?じゃないだろ!!棄権しちゃ駄目だろ!?」
「あら、どうして?」
「どうしても何もこれは野球部から正式に依頼された仕事だろ?それを棄権なんかしたら代行部の信用に関わる」
大会前日になぜか野球部員が全員腹を下して動けなくなってしまったようで、仕方なく代行部に依頼したようだった。
全員が同時に腹を下すというところに何らかの陰謀を感じてしまう。
「前まで代行部の事なんてどうでもいいとか言ってたのに・・・心配してくれるのね、嬉しい」
満面の笑みを浮かべて言う友紀。
「お・・・おう」
元々整った顔立ちに加え、普段から無表情だから笑顔の破壊力が尋常じゃない・・・お陰で動揺してしまったじゃないか。
「でも、キャッチャーが居ないんじゃ試合を棄権するしか無いじゃない」
「確かに・・・」
ピッチャーを変えれば良いのだが、美沙以外では恐らくこの試合負けてしまう。負けてしまえば結局信用に関わるので、それは避けたいのだけど。
「棄権出来ないなら、私がやるしかないわね。あぁ怖い、怖いわ。でも仕方ない、私は部長だもの」
妙に芝居掛かった口調でそう良いながらミットを拾う友紀。
・・・そして俺はこいつの考える事を理解してしまった。
「あんな球を受けたら私はどうなってしまうのかしら?怖いわ・・・」
あからさまに怯える素振りを見せる友紀。周りからの俺に対する視線がどんどん厳しくなる。
つまり友紀は俺から"やる"と言い出さねばならない状況を作ったのだ。
・・・策士め。
「俺がキャッチャーやるよ」
「ほんと?ありがとう、優しいのね」
心にもない言葉を並べながら友紀は俺にミットを手渡す。
この後俺は命を掛けて美沙の投球を受け止めなければならない。
そもそも何で俺がこんな真夏日に野球に興じなければならないのか。
野球部に依頼されるよりもさらに前、この目の前で愉快そうに笑う高岡友紀との"再開"を走馬灯のように振り返る・・・
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