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目を瞑ると、風が身体を包み込む。それは竜巻というより渦潮のような風で、心地よさは欠片もない。
渦潮を起こしているであろう主の言葉が脳裏によぎる。とにかく羽を広げなければ。一心に羽を広げるものの、余計に振り回される。
目から流れるモノすら風が拭う。右から左から己を飲み込もうとする。どうしろと言うのか。一瞬身体が浮いた。そう思ったときには、もう揉まれていた。が、確かに浮いた。次は待つ。涙は既に乾いている。今はただ待つ。身体が回り、目も回り、頭が回る。上も下もわからない。それでも待つ。いつか来るはずだ。
来た。
「ぉ」
風神が小さく呟くと、九尾と犬神が覗き込む。吹き荒れていた風が止む。それでも、天狗は飛んでいた。そのまま風神の元まで帰って来ると、羽を綴じた。
「と、飛べた?」
「うん、上出来上出来」
その言葉を聞き、倒れ込む。風神が危なげなく受け止める。
「おい、天狗!」
「疲れたんだよ。かなり吹かしたからね。しょうがないよ」
慌てる犬神に寝ている天狗を渡す。
「それにしても、無茶するね。いきなり突き落とすなんて」
「天狗は鳥みたいにはいかないよ。烏天狗ならまだ考える余地あったけど、狗が飛ぶにはあれくらいしないとね」
そろそろ雷神の所に行くよ。と言って、客を置いて消えた。
風に乗り、天狗がふらふら揺れながら飛んでいる。まだ覚束無い飛び方だが、飛んでいることに違いはない。
「後は慣れるだけだから、時間があれば練習すればよい」
「は、はい…」
「危なっかしいなぁ…」
その天狗の隣を歩く様に進む犬神の背には、九尾が腰掛けている。豺になった犬神の目は、常に天狗を追っている。
「だが、感覚は掴めたのだろう?」
「なんとなく、なら…」
「まぁ最初はなんとなくでいいんだけどよ」
そう言いながらも、犬神の目には焦りが見える。もしここで誤れば、地上へ真っ逆さまであってもおかしくない。
犬神の心配を余所に、天狗はなんとか家に帰ることが出来た。地に足を付けると、ふぅと息を吐き、肩の力を抜く天狗と犬神。今は土の冷たさが心地よい。
「さて、今日はご馳走にしようかな」
「あ、手伝う」
「天狗は少し休憩していなさい。今日は私一人で大丈夫だよ。時間はかかるかもしれないけれどね」
「さ、天狗、昼寝だ。行こうぜ」
既に未の刻を回っているが、2人は縁側で夕陽に当たりながら眠る。歳の離れた兄弟のようにも見える。
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